福島県三島町観光協会公式サイト 奥会津三島町
名物

奥会津編み組細工

奥会津編み組細工
季節が冬へと変わり、周りが雪景色になると、農作業を終えた人々はものづくりを始めます。自然からいただいた素材を用いて自らの手で民具を生み出す文化が ここでは綿々と受け継がれています。奥会津編み組細工は平成15年に国の伝統的工芸品に指定され、その歴史は縄文時代まで遡ることのできる、生活のための伝統工芸です。

会津総桐たんす
雪深い三島町で、手塩にかけて育てられた極上の桐。材質が緻密で光沢があり、防虫、防湿効果に優れています。様々な分野にその特性を生かした工芸品(桐下駄・桐米櫃・桐茶筒・桐炭)が生まれています。

三島産会津地鶏
平家の落人が愛玩用(ペット)として会津地方に持ち込んだものが継承されているといわれています。三島の会津地鶏は奥会津の自然と匠に支えられ、適度な歯ごたえとコクやうまみに優れている地鶏です。

そ ば
三島町の蕎麦は風味たっぷりの絶品です。町内の飲食店では三島町産の蕎麦を使った手打ちそばが食べられますので、あなた好みのそばを見つけてみてください。秋には町内の大谷地区で新そばまつりが開催され、ざるそば・会津地鶏けんちんそば、高遠そばの3種の味が楽しめます。

特産品のお買いものは 道の駅 尾瀬街道みしま宿

只見線

只見線は福島県の会津若松駅から新潟県の小出駅までを結ぶ路線で全長135.2㎞の単線鉄道です。変化に富んだ美しい風景を楽しむことができます。2008年には日経プラスワン何でもランキングで「紅葉が美しい鉄道路線ベストテン」の第1位に輝きました!
※2013年現在、会津川口駅―只見駅間は不通となっています。
只見線
SL只見線奥会津号
 煙を上げて力強く走るSLはいつも大人気で、沿線は多くのファンで賑わいます。停車駅では地元特産品の販売などが行われます。SL只見線奥会津号は紅葉シーズンに運行されています。
風っこ奥会津号
 窓が無く開放的な車内では季節の風を感じることができます。車内では地酒のおふるまいが行われる他、停車駅では地元特産品の販売などが行われます。風っこ奥会津号は新緑の5月、盛夏の8月、紅葉の10月などに運行され、またそれ以外の特別列車もございます。
タブレット交換最後の日
 平成24年9月22日、国内のJR在来線で唯一行われていたタブレット閉塞による運行が自動閉塞に切り替わりました。(会津坂下駅―会津川口駅間)。古き良き鉄道の風景として郷愁とともに愛されてきたタブレット使用は57年もの長い役目を終えました。
 ※タブレット閉塞とは、タブレットを持つ列車のみに走行を許可し、正面衝突を回避する単線ならではの運行方式です。
タブレット閉塞機

[おとめさんじゅうさんかんのん] 乙女三十三観音 ~宝澤山 西隆寺~
乙女三十三観音
 西方地区にある西隆寺の石仏群。このお寺の境内には、1970年代に制作されたという大小33体の石彫り観音像が安置されており、地域の人々に親しまれています。
 この石仏群を制作したのは、西隆寺の住職だった故遠藤太禅住職と、その依頼を受けた石工師の鈴木マリ子・るり子姉妹。当時20歳代だった石工師姉妹が、住職の厚い信仰心を受け、長い時間をかけて完成させました。いずれの観音様も柔和な微笑みや優しい眼差しを見せており、3人の優しい気持ちが伝わってくるようです。
 それぞれの観音様には通称があり、第一番は哀切かんのん様、第三番は母心かんのん様、第八番は恋慕かんのん様と呼ばれています。
宝澤山西隆寺
 そもそも、西隆寺が作られたことの起こりは、弘仁2年(811年)に法相宗の僧、安竹という人が聖徳太子の尊像を松竹庵に安置したことから始まります。(場所は不明)その後貞元2年(977年)「銭森長者」と呼ばれた藤原保祐 が寺沢という地に松竹庵を新築し寺に改めました。そして明応元年(1492年)会津若松の天寧寺より開山傑堂禅師から7代の天附禅師の弟子、一気正元禅師に頼んで開山し、寺の名前は「宝澤山西隆寺」と改められ、曹洞宗に変わりました。その後文化13年(1816年)に現在地に再建され、今の姿に至ります。現在は23代禅苑弘佳和尚が住職としてつとめられています。
 西隆寺には町指定の文化財に指定されている「聖徳太子尊像」、白河市に住んでいた鈴木マリ子、るり子姉妹により彫られた「乙女三十三観音」、また身代り水子地蔵尊、裏山には明治初年に建立され昭和50年に再建された子どもの守護神「岩倉鬼子母神」の御堂、境内近くには天正年間山内重勝により建立し何回か再建されている「平六観音堂」が佇んでいます。
鬼子母神例大祭
三六〇度パノラマビュー
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